スキルマトリックスは、取締役一人ひとりが持つ知識・経験・能力を一覧にした表です。上場企業では、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)を背景に、取締役会の構成を説明する資料として作成・開示が求められてきました。
2026年7月にはCGコードが改訂され、スキルマトリックスに関する記載の位置づけも変わりました。改訂後のコードを踏まえたコーポレート・ガバナンス報告書は、2027年7月末までの提出が求められています。
この記事では、最新のCGコードの根拠を確認したうえで、スキルマトリックスの作り方、項目の例、そして女性役員をどう位置づけるかを解説します。
スキルマトリックスとは:CGコード上の根拠
スキルマトリックスとは、縦に取締役の氏名、横にスキル項目を並べ、各取締役の専門性に印をつけた表です。取締役会全体として、どの分野の知見がそろい、どこが足りないかを示すために使われます。
2021年改訂:補充原則4-11①
2021年6月に改訂されたCGコードでは、補充原則4-11①で次の趣旨が定められました。
- 経営戦略に照らして、取締役会が備えるべきスキル等を特定する
- 取締役会全体の知識・経験・能力のバランス、多様性、規模に関する考え方を定める
- スキル・マトリックスなどの形で、取締役のスキルの組み合わせを選任の方針・手続と併せて開示する
- 独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含める
2026年改訂:原則4-13と解釈指針へ
2026年7月21日、金融庁と東京証券取引所は改訂版のCGコードを公表しました。今回の改訂では「補充原則」の形がなくなり、原則と「解釈指針」の構成に整理されています。解釈指針とは、原則への対応を支える参考情報で、コンプライ・オア・エクスプレイン(実施するか、しない理由を説明するか)の対象外とされています。
改訂後は、旧補充原則4-11①の内容が主に原則4-13に移っています。原則4-13(1)では、経営戦略に照らして備えるべきスキル等を特定し、スキル等の組み合わせを選任の方針・手続と併せて開示すべきとされています。スキル・マトリックスは、その開示方法の例として解釈指針に記載されています。
| 内容 | 2021年版 | 2026年版 |
|---|---|---|
| 備えるべきスキルの特定と開示 | 補充原則4-11① | 原則4-13(1) |
| スキル・マトリックスへの言及 | 補充原則4-11① | 原則4-13の解釈指針 |
| ジェンダー等を含む多様性 | 原則4-11 | 原則4-13(1) |
| 独立社外取締役の他社経営経験 | 補充原則4-11① | 原則4-13(2) |
社内規程や開示資料で「補充原則4-11①」を引用している場合は、改訂後の番号への見直しが必要です。条文の扱いは東証の公表資料や専門家に確認してください。
スキルマトリックスの作り方:5つのステップ
スキルマトリックスは「表を埋める作業」ではありません。CGコードが求めているのは、経営戦略から必要なスキルを導き、選任の方針とつなげることです。次の順序で進めると、説明しやすい表になります。
- 経営戦略を起点に必要なスキルを特定する:中期経営計画の重点テーマ(海外展開、事業ポートフォリオの見直し、DXなど)から、取締役会に必要な知見を洗い出します。
- 項目ごとに定義と判定基準を決める:「財務・会計」なら「CFO経験、または公認会計士として監査を担当」のように、印をつける基準を文章で定めます。
- 現任取締役を棚卸しする:本人の自己申告だけでなく、経歴と照らして指名委員会などで確認します。
- ギャップを分析する:印が集中している項目と、空白の項目を確認します。今後数年の退任予定も重ねて見ます。
- 選任方針・手続と併せて開示する:表だけでなく、各スキルを選んだ理由と、戦略との関係を文章で添えます。
独立社外取締役については、独立性の確認も並行して必要です。詳しくは社外取締役の独立性要件をご覧ください。
スキル項目の例と定義の書き方
スキル項目は、自社の戦略に合わせて決めるものです。以下は、項目と定義の書き方の一例です。項目数を増やしすぎると、一人あたりの印が多くなり、表の意味が薄れる点に注意が必要です。
| 項目の例 | 定義・判定基準の書き方の例 |
|---|---|
| 企業経営 | 上場企業またはそれに準じる規模の企業で、社長・事業責任者として経営を担った経験 |
| 財務・会計 | CFO・経理財務部門の責任者経験、または会計専門家としての実務経験 |
| 法務・リスク管理 | 法務部門の責任者経験、または弁護士として企業法務を担った経験 |
| グローバル | 海外拠点の経営、または海外市場での事業責任者としての経験 |
| 製造・技術・研究開発 | 製造業での生産・技術・研究開発部門の責任者経験 |
| 人事・人材開発 | 人事部門の責任者経験、または人的資本経営の推進経験 |
| DX・IT | デジタル技術を用いた事業変革やIT部門の責任者経験 |
| サステナビリティ | ESG・サステナビリティ戦略の策定や推進の責任者経験 |
大切なのは、項目名よりも定義文です。定義があいまいだと、どの取締役にも印がつき、ギャップが見えなくなります。
女性役員はスキルマトリックスにどう位置づけるか
「女性」はスキル項目ではない
改訂後のCGコード原則4-13(1)は、取締役会が知識・経験・能力をバランス良く備え、ジェンダーや国際性、経歴、年齢、文化的背景を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきとしています。スキルと多様性は、並べて求められている別の観点です。
そのため、「女性」や「ダイバーシティ」をスキル項目の一つとして印をつける方法は、おすすめしにくいといえます。性別などの属性は、スキル表とは別に構成の情報として示すほうが、両方の観点を説明しやすくなります。
空白のスキルから女性役員の要件を逆算する
女性役員の登用を考えるときも、出発点はスキルのギャップです。「女性を一人」ではなく「グローバル経営と製造業の知見を持つ方」のように要件を定めると、取締役会の実効性を高める登用として説明できます。
内閣府の調査では、2025年7月末時点のプライム上場企業の社外役員に占める女性の割合は33.5%です。女性役員比率の政府目標については、女性役員比率30%目標とは?で解説しています。
「他社での経営経験」の扱い
原則4-13(2)は、独立社外取締役に他社での経営経験を有する者を含めるべきとしています。社長経験者に限ると、候補者は限られがちです。事業部門の責任者や海外法人のトップなど、自社が求める「経営経験」の定義を明確にしておくと、候補者の幅を検討しやすくなります。探し方は女性社外取締役の探し方をご覧ください。
スキルマトリックスを選任と実効性評価につなげる
スキルマトリックスは、開示して終わりではありません。原則4-13(3)は、取締役会が毎年、取締役会全体の実効性を分析・評価し、結果の概要を開示すべきとしています。
金融庁が2026年7月に公表した「取締役会の機能強化の取組みに関する事例集2026」では、実効性評価の結果を、中長期の戦略に合うスキルを持つ社外取締役の選定に活用する事例が紹介されています。人材戦略のスキルを持つ社外取締役を選任した事例もあります。
実効性評価で見えた課題を、スキルマトリックスの空白と照らし合わせる。そこから次の候補者の要件を決める。この循環をつくることが、スキルマトリックスを生きた道具にするポイントです。
まとめ
- スキルマトリックスは、取締役の知識・経験・能力を一覧化し、取締役会全体のバランスを示す表です。
- 2026年7月のCGコード改訂で、旧補充原則4-11①の内容は主に原則4-13と解釈指針に移りました。
- 作り方の起点は経営戦略です。項目ごとに定義と判定基準を文章で定めることが重要です。
- 「女性」はスキル項目ではなく、多様性という別の観点で示すほうが説明しやすくなります。
- 空白のスキルから女性役員の要件を逆算すると、実効性を高める登用として説明できます。
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